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2008年3月

餃子事件

何処にいくのか日本? 

利益を追求して、生産は賃金の安い外国に、原料や食材も安い海外のものを、
最初は収益は上がるでしょうしかし、若者の仕事はなく、終身雇用もままならず、
購買力が上がるわけもない。
ある時を境に、不況、経済破綻は目に見えている。
自国で農業や産業を育てなくて、国が成り立つわけもなく
(誰かさんたちだけ、目先?三寸でもうけてさ!)

少々?高くても地元、自国のものを購入していかなくてはとか
野菜もつくるか?せめて農家に草取りの手伝いにでもとか、
安全な食品が食べたいです。(生協は安全と信じていたのに)

この際言っちゃおう!「オリンピックやるなんて、無理なんじゃあ!」

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大人になるということ

はじめて子どもを産んだ時
生まれた子どもを見て、強さ「存在の確かさ」を感じた。
ままの姿ですべてをさらした強さだった。

私はその時、自分が弱いと思った。
いままで、この身に何を纏ってきたのかと、猜疑心、嫉妬心、プライド
成長と共にいろんな衣を纏ってきた。
それが知らず知らず、用心深く臆病な私を作り上げてしまったんじゃないか?

いろんな経験をして、弱くなるのはちょっと違うんじゃないかなとおもいました。

人を受け入れるにはお互いに、ある程度の容量(capacity)が必要です。
いろんな、感情や思考はそれをひろげます。
特に淋しさは誰の心にも終生宿っているのかもしれません。
それもまたキャパを広げ、大きく優しく自分もそしてあらゆるものを
包み込むと信じています。

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神様って

良いと思うことも、それが良いと口にして賛同するものが集まると
其処にエネルギーが発生します。
それは目には見えないけれど、大きく育ちやがて口にした人には制御できなくなります。
やがて良いとされた事柄は、それ以外を否定しはじめ、
最初の良いと信じられていたものは、心無い人に利用され、思ってもみない方向へと進み、巨大化していきます。

宗教は、文化や芸術もつくってきましたが、政治や戦争にも利用されてきました。
私は、宗教というか、真理(こういうのが相応しいかどうかわかりませんが)は
自分の内に問いかけ、追求していくのが本当のあり方なのではと、思います。
そして、その人の生き方がそれを現すのではないでしょうか

地球の一部である人間はどんな姿でも、分子(よく分からないが最小単位となっても)地球の一部でしかなく
ほんの一瞬、きらめくのが、その一生なのではないかしら
戦争なんかしてる暇なんかないし、無限とも思える生命のきらめきが
続くようにこの地球を大切にしたいと思います。

「神」と表現されているのは、人間には計りしれない、そんな宇宙の営みなのじゃあないかしら
分かりやすく導くために「神」とされたんじゃあないかしら
もともとどれも(いろんな宗教から怒られるかな)同じなんじゃないかと
思います。

無言のうちに、その身体から愛をほとばらせながら、微笑んでいるという姿は、どこかでみた事があるような?

どこかで誰かが私を呼んでいるような気がします。

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